セット服を作るということ 2

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初めてのベンダー

無事に裁縫がGMになり、初めてベンダーを置かせてもらったShop Silkyは、当時SMS(Small Marble Shop?)サイズで小さいお店でした。 今でこそ土台が自由な大きさで設置できるようになり、ちょっとは拡張して広くなっていますが・・・。 当時のお店は、家主の知り合い数人でこじんまりと営業していて、ギルドの知り合いの人や家主それぞれが置きたいものを置いていただけでした。その中に一人、私の裁縫ベンダーを置かせて貰うことになりました。

いろんなお店を参考にして、ベンダーアートや服の置き方も少しは工夫していましたが、やっぱりつたないもので今思うと少し恥ずかしいです。それでも、初めての自分のベンダーを飾ったり、服を替えたりするのはとても楽しかったのでした。

やっぱり「自分の銘入り服」が売れるということよりも、「自分で考えたセット」が売れるということの方が嬉しかったりしました。

大和は飛鳥と並んで日本サーバとしては古参です。(正確には大和は飛鳥の1日遅れですが) 生産やベンダー業が盛んなサーバである飛鳥に比べて、大和は生産業よりも戦闘の方がお得意だと言われているサーバだということを知ったのはベンダーでセット服を置き始めてからのこと。

セット服を売っているお針子さんやお店のサイトを探してみても、やはり飛鳥や倭国が多かったのです。 飛鳥には「飛鳥お針子連」があり、倭国には「倭国お針子協会」があったのですから当然です。大和にはそういう団体はなかったのです。 大和はセット服を売っているお店がそこまで多くなかったのでお針子さんたちと交流を持つこともあまりありませんでした。 しばらくひっそりとベンダーでセット服を作っては売ることになるのは、当然というか仕方なかったということかもしれません。今でもすごくひっそりなので、当時と何も変わっていなかったりします。あはは。

そんな中、私が勝手に大きな影響を受けた大和のお針子さんがいらっしゃいました。

その方は大きなお店でセット服を売っている方で、いろんな種類のセットを作っていらっしゃいました。 私はその方のセット服が大好きでした。ある日、その方がベンダーを置いていたお店で偶然ご本人にお会いすることができました。 それまで自分が作ったセット服にはあまり自信がなかったのですが、私のセット服を誉めていただいたりして、とても嬉しかったのを覚えています。

更に試行錯誤の日々は続きます